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2004年11月11日 (木)

運指はすべるように、なめらかに

 カルカッシの「25の練習曲」(Op.60)は、昨日のレッスンで24番を終了。この曲はスローテンポなので、演奏者の“うまい−へた”が如実に判別してしまう。もちろん拙者は後者でござる。ただ単に譜面通りに弾くのであれば、さほど難しいとは思われないのだが、感情を込めて“歌おう”とすると、途端にぎくしゃくした演奏になってしまう。

 その原因を考えてみた。右手の各指のコントロールが十分でないことはすぐにわかる(練習あるのみ)。さらに、左手の運指に無駄な動きが多すぎる(うまい人の運指はすべるように、なめらかだ)。したがって、左手の各指に必要以上の負荷がかかり、ギクシャクした運指に終始してしまう。ときには、筋などを痛めてしまうこともある。

 弦を押さえる力は必要最小限に、そして弦から指を離すときは、指を指板から浮かせ過ぎないことが大切だ(これが思いの外、難しい)。

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